●かんべえの不規則発言



2025年12月 






<12月1日>(月)

〇中公新書の新刊で『豊臣秀長』(和田裕弘)を読了。というと、いかにも来年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」を当て込んだ安直な企画のように思えるけれども、きわめて真面目な研究書である。

〇本書を読んでいちばんビックリしたのは、秀吉の弟、秀長はある時期までは「長秀」であったらしい。長秀と言ったら、織田家臣では丹羽長秀と同じ名前になるが、どうやら信長から一字をもらった可能性があるという。ということは、秀長は(紛らわしいが、当時は長秀)、もともと織田家の家臣であって、そこそこ有望株であったことになる。

〇つまり巷間伝えられている通り、木下藤吉郎が織田家で出世して、それで実家に帰って自分の弟を連れ出して、家来にして共に出世を遂げたのではない。もともと弟も、織田家の家臣であった。そう言うことになった場合、日本の組織では「お前、兄貴の手伝いしてやれよ」となるのは自然な流れなので、「与力」として秀吉軍に配属されていたのではないか。

〇秀長は本能寺の変以降、「秀吉の弟」として活動するようになってから、いよいよ頭角を表していく。「兄・秀吉を天下人に押し上げた功労者」という評価も、けっして大げさではない。ただし、それ以前の活動はほとんど歴史に残ってはいない。「実は織田家中では、知る人ぞ知る存在であった」というのは、いかにもありそうな話であるように思えます。

〇ちなみに黒田官兵衛は、秀吉から「わが弟同然」と評されるほどの信頼を勝ち得ていたとよく言われ、そういう手紙も残っている。ただしこの話は、弟・秀長の評価がもともと高く、皆がそのことを承知していた、ということが前提でなければなりませぬ。

〇それでは「長秀」はいつ「秀長」になったかというと、小牧・長久手の合戦のときからだという。この戦いは、天下人にほとんどリーチをかけた状態の秀吉が、織田信雄と徳川家康の連合軍と戦ったものである。つまり秀吉としては、とうとう「主家・織田家に弓を引いた!」という状態であるから、ここまで来てしまえば今さら信長に遠慮する必要はなくなる。だから弟も、長秀をひっくり返して秀長にしたのだと。

〇ひえ〜、と言うしかない。いやあ、昔、司馬遼太郎の小説で学んだ戦国史とえらい違いである。が、もちろんこっちの方がリアリティがある。そもそも豊臣秀長の存在は、「補佐役」の事例として堺屋太一が小説にするまでは、ほとんど注目されていなかった。つくづく戦国史の研究は日進月歩なのですなあ。

〇著書の和田裕弘氏は戦国史研究家である。というと、中公新書から既に織田信長関連で多くの著書を出している谷口克広氏がいて、ワシはほとんど全部買っているのだが、たぶん似たようなキャリアではないかと思う。要はアカデミアの外で、コツコツと戦国史研究を続けた人である。こういう人が在野に居る、というのがわが国の懐の深いところでありまして。

〇本書には、「信用できる史料によれば・・・」という言葉が何度も、くどいほど出てくる。逆に言えば、信用できない史料がいかに多いかということでもある。要らない史料を削ぎ落しつつ、どこまでが真実なのかと迫りつつ、分からないことははっきり「分からない」と書く。おそらくは相当に辛気臭い作業なんじゃないかと思う。これはそういうストイックな作業の成果物である。

〇ということで、同じ著者の『織田信長の家臣団〜派閥と人間関係』(中公新書)も買ってしまいました。ストイシズムは後を引くのである。


<12月3日>(水)

〇昨日は経済同友会の米州委員会にお伺いし、勉強会の講師を務める。トランプ政権はこれからどうなるのか?関税問題の行方は?といったことで関心が高い。

〇ここへきてめっきり政権支持率も低下し、いかにも困難な状況に見える。トランプ支持者向けのラリーも、今年の春ぐらいを最後に長らくお休みとなっている。しかるに彼は、ラリーで自分の支持者を沸かせ、なおかつその反応を見ながら民意を掴むことで今日の座を得てきた。とはいえ、大観衆を集めると今度はみずからのリスクが高まる。悩ましい。

〇逆に民主党サイドは、11月4日のオフイヤー選挙でようやく「トンネルの出口」が見えてきた。トランプ陣営は労働者層を着実に囲い込み、しかもヒスパニック層や若年層をも取り込んで「トランプ連合」が形成されている!――という2024年選挙の結果分析は、今ではかなりの部分が否定されている。来年の中間選挙は盛り上がることでしょう。

〇そして本日は、東北生産性本部さんの講演会で仙台市へ。ご存じの通り、杜の都・仙台は東北随一の大都会であるが、なんと駅前の旧さくらの百貨店ビルが間もなく解体工事が始まるとのこと。2017年に閉店して以降、ずっと放置されていたものが、ようやく解体工事が始まるとのこと。

〇これをどうやって再開発するのか。非常に悩ましい問題というべきで、供給力不足に悩む今の日本経済においては、いくら予算をつけても簡単に進む話ではない。ただし似たような話は、札幌駅南口などいろんなところで聞く話ではある。

〇とまあ、この季節、いろんな場所で講演会に赴きつつ、ネタを仕込んでは来年の予想を組み立てる、という作業を続けております。明日は某金融機関さんでセミナーを務めます。


<12月5日>(金)

〇ふと考えたこと。幸福な老後に必要なものは何だろう?


@健康〜これが失われたら、それこそ「死んだ方がマシ」になってしまう。ご同輩、気をつけましょうね。

A家族〜仲が良くても悪くても、ないよりはあった方がいい。先立たれたりすると一気に人生がツラいものになります。

B仕事〜収入を伴わなくてもいいから、自分の「居場所」があった方がいい。「社会参加」がなくなると、人は急に老け込んでしまいます。

C貯金〜ゼロだと困ります。ただし金額が多過ぎると、無用な心労を招くこともあります。「頃合い」が難しい。

D友人〜大勢でなくてもいいから、できれば古い友人をいつまでもキープしておきたいものです。これまた、先立たれるとツラいです。

E評判〜名誉や勲章などはさておいて、周囲から「そんなに悪くない評価」を持たれていることも、高齢者が生きていく上では重要な要素となります。

F思い出〜仕事上の武勇伝もよし、子育てなどほのぼの系もよし、趣味の自慢も大アリですよね。これだけは、けっして他人に奪われることがありません。


〇「俺は7つ全部揃っているぞ!」などという人がいるとしても、そんなことを自慢しちゃあいけません。時の流れとともにひとつ、またひとつと失われていくのが、この世の中というものであります。

〇いろんなものを失っていく中で、「これだけはけっしてなくならない」と思っているFの思い出も、本人がボケてしまったらお終いとなってしまう(それはそれで幸せなことなのかもしれない)。ともあれ、最後は必ずゼロになる。そうして帳尻が合う。運命に抗ってはいけません。

〇なんでそんな話を思いついたかと言うと、すいません、理由はもう忘れてしまいました。ともあれ、上記の七つを大事にすることが、よりよく生きることに直結しているように思います。お金とか健康とか、それだけを切り離して論じることは、あまり生産的ではないような気がするなあ。


<12月7日>(日)

〇先日聞いた話。大阪万博が終わったときに、警備の関係者一同が安堵のため息をついたんだそうだ。


「よかった。半年の会期中に一度も台風が来なかった」


〇そりゃそうだ。関西だって年に1度くらいは台風は来る。特に大阪での万博開催が決まった2018年には、台風21号で関空が水没する事態があった。そう言えばあの年は、大阪北部地震もあったんですよね。

〇夢洲というところは埋立地ですから、台風で海が荒れたら、中にいる人たちは大変なことになる。中央線が止まる事故はありましたけど、まあ、そのくらいで済んで何よりでした。ましてやテロ事件などもありませんでしたし。

〇ドイツなんぞは1972年にミュンヘン五輪を開催した際に、パレスチナゲリラによるイスラエル選手団襲撃事件があり、事後は五輪も万博も誘致していません。大型イベントにはリスクがつきものなのです。ほら、東京五輪はパンデミックで苦労したでしょ?

〇万博が行われたお陰で、今では「大屋根リング」などの思い出が残り、今後はIRが建設される。しかし仮に万博がなかったら、夢洲は今でも「大阪の負の遺産」のままであったはず。そもそも大阪は2008年五輪の誘致にも失敗しているんですよね。

〇こういう「当人たちが気づいていないラッキー」は、世の中にはいっぱいあるはず。万博後の大阪はどうなっていくのか。1970年万博は大成功だったけど、その後は大阪経済の地盤沈下が続いた。2025年万博の後は、そうでないようでありたいものです。それに個人的にも、来年は大阪に伺う機会が増えそうなので。

(→後記:親切な読者からのご指摘で、ドイツは2000年にハノーバー万博を開催しています。失礼いたしました)



<12月8日>(月)

〇本日はこの時期恒例、常陽銀行さんの経済講演会で土浦へ。

〇茨城県の現下の大ニュースと言えば、何と言っても鹿島アントラーズの9年ぶりJ1優勝である。と、思っていたら、なんと水戸ホーリーホックもJ2で優勝していて、晴れてJ1昇格なのである。ということは、来期は茨城県内にJ1チームが2つ存在することになる。

〇いやあ、なんて贅沢な。アントラーズ対ホーリーホックという「茨城ダービー」ができてしまう。常陽銀行さんは、いったいどちらを応援すればいいのか。わが千葉県などは、以前は柏レイソルとジェフユナイテッド市原の「千葉ダービー」があったのですが、ジェフがJ2に降格して以来、途絶えておるのです。

〇まあね、神奈川県は別格ですよ。横浜市内にマリノスとフリューゲルスが共存していた時代があるくらいですから。それに今でも、横浜マリノスと川崎フロンターレと湘南ベルマーレと横浜FCがあるって、いったいどうなっておるのですか、神奈川県。

〇それ以外では、東京都がFC東京と東京ヴェルディとFC町田ゼルビアの3チーム、大阪府はガンバとセレッソ、埼玉県は浦和レッズと大宮アルディージャ、静岡県が清水エスパルスとジュビロ磐田ですか。こうしてみると、それぞれに「地政学」みたいなものが感じられていいですな。浦和と大宮なんて、仲が悪いですからねえ。

〇それにしても、かつてはジーコを擁する常勝軍団だったアントラーズ、そして市民スポーツクラブ出身のホーリーホック、対照的な2チームが同じ県内にある、というのは、隣の千葉県としては羨ましい。これはもう、ジェフがJ1に上がってきてもらうしかない。だって名門なんだから。でないと岡ちゃんやオシム監督に申し訳ないじゃないですか。


<12月9日>(火)

〇本日は文化放送「長野智子のアップデート」へ。だんだん定期便になってきました。

〇本日のネタは日中関係ですが、アメリカの動きも気になるところ。トランプさんにハシゴを外されてしまうと、日本外交としてはとっても困るのです。ところが、この週末に出たトランプ第2期政権のNSS(国家安全保障戦略)は少々「目がテン」になるような内容で、この辺もご紹介させていただきました。

〇とはいうものの、諸般の事情により、文化放送の出番はこの次は年明け1月27日(火)までありません。「良いお年を〜」ということで、お別れしてきました。

〇そうそう、年明け1月13日(火)には北海道大学でお話する機会をいただきました。札幌市とその周辺にお住まいの方は、よろしければお申し込みください。参加は無料です。

2025年度 北海道大学高等教育推進機構国際教育研究部研修事業
「どうする?2026年世界と日本」

概要:2026年が始動しました。世界各地で頻発している紛争、社会体制の再構築に向けての解決策は
見えていません。
我が国でも議論を尽くすべきテーマが山積しています。
不確実性と称される時代に、我々は何をどう認識すべきか、日本の新政権が米国を始めとする
世界の枠組みの中で進むべきこれからの方向性について独自に解説頂きます。
講演者の斬新な分析が、教育現場にも活かされることを期待します。

日時:2025年1月13日(火)17:15-19:15
講師:吉崎達彦 氏((株)溜池通信 代表取締役)
会場:北海道大学学生交流ステーション大講義室(111教室)
参加申し込み:ご参加希望の方は1月13日(火)13時までに以下よりお申し込みください。
https://x.gd/LYuqx 
お問い合わせ:北海道大学高等教育推進機構(国際教育研究部国際産学協働教育ユニット)川端千鶴
       c.m_kawabata[A]oia.hokudai.ac.jp ([A]は@に置き換えてください)



<12月10日>(水)

〇会社を辞めて少しは暇になったら(と言いつつ、あんまりそうじゃないんだけど)、せめて月刊誌はちゃんと読もう、と思っておったのだが、今月の中央公論を読んでみました。この論文はいいですね。感心しました。


●「最高実力者」としての習近平 鈴木隆(大東文化大学東洋研究所教授)


〇全然知らない人でしたけど、大変勉強になりました。気に入った場所を抜き書きしておこう(下線部は不肖かんべえ)。


また、台湾や東シナ海、南シナ海の島嶼の「失地回復」をめぐる習近平の発言からは、党・政府・軍の組織的頂点に立つ実存的存在の最高指導者でありながら、擬人的に観念された「中華民族」や物神化された「党」に使える従者のようにみえる。おそらく習近平の脳裏には、父親の習仲勲をはじめ中国革命に功績のあった父祖の世代の主要な指導者のうち、自分と直接交流のあった物故者の姿が想起されている。最高指導者である習近平にとって、みずからの政治的責務を全うすべき相手としては、現世に生きる中国国民はもちろん、とりわけ、領土や主権、歴史認識、そして国際政治での覇権追求などの特定の政治課題では、生者と同等、ときにはそれ以上に、死者――既に鬼籍の人となっている革命の先達も含まれる。いうなれば習近平は、半分仏壇を拝みながら政治を行っている


最大の不安要素は、習近平の健康状態と後継問題である。軍の例でいえば、個人集権を強化した反作用として、蜘蛛の糸のように張り巡らされた規則と権限の束によって、その中心に位置する最高実力者自身が、客観的に見れば「搦め捕られた」状態になっている


一方、習近平には祖先崇拝の対象がある。父親の願いにより、故人の出身地である陝西省に地元政府の支援を受けて2005年に完成した習仲勲の陵墓である。これこそまさに国家と個人が部分的に合一化したアイデンティティ感覚の証しといえよう。それゆえ習近平は、現世での自分と家族の安全、みずからの死後の名誉、さらには他の革命元勲には類を見ない威容を誇るとされる家族の墓を守るためにも、既存の支配体制の維持・発展に努めなければならない。「紅二代」の血筋を誇る習にとって、「家業」としての一党支配の永続化は至上命題である


〇いや、面白いね。ケ小平がみずからを水葬に帰したのは、そんなあと腐れがないようにという配慮だったのですね。この論考、全体に観察に実があって、文章も練られていて良いと思いました。特に「仏壇を拝みながら政治を行っている」とか、「(蜘蛛の糸に)搦め捕られた状態になっている」とか、いちいち情景が目に浮かぶようではありませんか。

〇世の中には自分が見たこともないくせに、「習近平は今、こうなっている!」などという輩がいっぱいおります。つくづく動画サイトなんて見てちゃいかんですよ。アイツら、「習近平の健康状態が重篤である」とか言いつつ、単にそれでアクセス数を稼いでいるだけですから。毎日、スマホで「お薦め」情報をタダで見ていると、人はどんどん退化していきます。

〇良質な情報源は、それなりにコストをかけて接しなきゃいけません。その点、総合雑誌は、まだまだ書き手も編集者もしっかりしているから「当たり」が多いと思いますよ。


<12月11日>(木

〇忘年会シーズンである。今宵は赤坂の「うまや」。来年は午年なので、いい趣向ではあるまいかと。ところで午年ということは、来年はやっぱり株価の下落にご用心であろうか。

〇ハタと気が付くと、先月から赤坂でばかり飲んでいる。焼き鳥の宮川、イタリアンのグラナータ、そばの三平、焼肉の草の家。来週は中華の頤和園という予定もあったりして。

〇考えてみたら、赤坂とは40年来のお付き合いである。長く通っている店もあれば、消えてしまった店も少なくない。ずいぶんと新しい店も増えている。それでも全体としてみれば、オヤジ世代がこころから油断して飲めるというありがたい街である。

〇およそ文化的な施設はほとんど存在しない。お洒落なセンスとも無縁である。韓国系など、エスニック系に強い。とにかく消化器系統の店ばかりが並んでいる。この猥雑な感じがワシ的には好ましい。まあ、そこで育ったようなものでもありますので。

〇赤坂でしぶとく生き残っている店の中に、土佐料理ねぼけがある。何度通ったかわからないが、ここのクエ鍋をまだ一度も食べたことがない。やはり一度くらいは試してみるべきではあるまいか。年内はもう無理だけど、来年の課題かな。












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編集者敬白




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by Kanbei (Tatsuhiko Yoshizaki)